T型フォードが爆発的に売れていく一方で、人間に単純作業を強いる生産方法が問題になった。 これは労働者にとってはきわめて過酷な労働であり、労働者の使い捨てとも言えるほどのものであった。 労働者の不満はしばしば労働争議に発展した。 ストライキも頻発し経営者の頭を痛ませた。 エルトン・メイヨー が1927年から5年間ウェスタン・エレクトリック社(現在のGE)で実地調査を行い、労働者のやる気に初めて科学的な光を当てる。 いわゆるホーソン実験である。 それをまとめたのが「経営と労働者」 という著書である。 これを契機に労働者の意欲について関心が高まり、その後この研究は組織論、産業心理学、人間工学などへと発達していく。 現在日本の企業でも行われている、目標管理制度やセル生産方式の源流である。
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日露戦争後、列強で海軍の再編成が始まり、日本でも艦船の生産力確保が課題となった。 海軍が主体となってこれに取り組み、艦船建造の生産技術が徐々に蓄積されていった。 第一次世界大戦に入ると欧州からの船舶の輸入が途絶え、逆に大量の輸出が行われるようになる。 日本は空前の建造ラッシュに見舞われ、1920年頃には年間300万総トンを生産し世界のトップレベルに達する。 しかし当時の日本の生産管理技術は未熟で、大量な部品在庫・工員が余剰・不足により、予算超過と納期遅れが多発した。
その対策のため、フォードの工場を視察した玉沢煥らが中心となり船の生産合理化のための研究会が内々に発足する。 研究会の一員であった西島亮二が艦船建造の生産合理化を呉工廠で実践する。